【小説】鏡の国のアリス/広瀬正
ルイス・キャロルの「鏡の国のアリス」では、左右反転した鏡の国に迷い込んでしまう。右は左に、左は右となり。文字も反転して鏡文字になってしまう。その鏡の国でハンプティダンプティなどの奇妙をより際立たせたキャラクターと出会う物語である。
男湯に浸かっていたはずが、気がつけば女湯に浸かっている。初っぱなから豚箱行きか、と思いきやおおらかな時代なのか出歯亀扱いで難を逃れた。
だが、主人公の目の前に広がるのは、文字やルール、人間の身体に至るまで何もかもが反対になった鏡像世界。彼は戸惑うが左右反対になってしまった以外のことは変わりない。(第二次世界大戦で日本が勝っている様子もない)
ただ、彼の家やおろか、自分を知っている人すらいない。鏡像世界では彼の居場所はなかった。
今でいう異世界ものの要素も含まれている本作では、なぜ鏡に国に迷い込んでしまったのかまで言及している。どちらかといえばオカルトよりではあるが、妙な説得力があり思わず膝を打った。(実際に読んでお確かめください)
ただ単純に「鏡の国に入ったぜ。いえーい」で話が進むわけではなく何を持って鏡の国と言えるのかNHK教育番組風に説明が入る。
お勉強めいているが「ああ、なるほどこれが鏡にうつるという事なのか」と普段なんら不思議に思ったことのない鏡の不思議さについて説得させられる。
「鏡像世界では彼の居場所はなかった」と前述したが、これは居場所を作るための物語とも言える。異世界に迷い込んだ戸惑いと焦りは、あたたかみのある人々によって癒やされ、やがて花開く。
新天地に向かう人や、新たなスタートを切る人に捧げたい一作。
【小説】エロス/広瀬正
「もしもあの時、別の選択をしていたら」からはじまるパラレルヒストリー。
歌手であるみつ子はインタビューをきっかけに18歳の頃の自分を振り返る。
恋をした男性とは実らなかったが、歌手としては大成した。それはあの日あの時、映画を見に行くことを「選択」したからだ。そうでなかったらヌードモデルとして日金を稼いでいただろう…そう思い返していると突然目の前にその男性である慎一と偶然が重なり再開をした。
会えなくなったあの日から今までどの様な人生を送ってきたのか、現在と過去が交互に語られる。
しかしそこに「もう一つの過去」が挿入され、選ばれなかったはずの歴史が描写されていく。
そこではヌードモデルとして送る日々を過ごしていたみつ子の前慎一が現れ、文字通りさらっていった。「きみはぼくのお嫁さんになるんだ」
男女が結ばれ、身分の違いに周囲から反対されながらも結婚することが出来た二人はつつましい生活ながらも協力しながら生活を送っていく。しかしそこには戦争の余波が押し寄せてくる。
現在と「もう一つの過去」が交わることがなかった。しかし奇妙な一致をし始める。それはタイトルにもなっている「エロス」。ここは実際に読んで確かめて欲しい。
風が吹けば桶屋がもうける、という言葉通りに一つの事が連鎖して他者にも影響していく。みつ子の選択が、ほんの一言で大きく歴史を変えてしまった事が示唆されているという点ではSFではあるが、それ以上に男女の恋物語として面白く、当時の流行や風習、金銭感覚、戦争によって逼迫していく家庭など昭和文化を体験することが出来る。
エロス―もう一つの過去 広瀬正・小説全集〈3〉 (集英社文庫)
- 作者: 広瀬正
- 出版社/メーカー: 集英社
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【小説】プラネタリウムの外側/早瀬耕
将来様々なものに組み込まれるであろうAI。人間の暮らしを豊かなものにするとされているが、未だにぴんときていない。
ブルーレイまで購入したブレードランナー2049では主人公Kの欲求に応えて服装を変えたり、励ましてくれるJOYと呼ばれるAIが登場する。KとJOYは互いに愛し合っている。それはプログラムとしてなのか、心が生じたものなのか答えのない問いではあるが
話はそれてしまったが、未必のマクベスの著者である早瀬耕さんの「プラネタリウムの外側」では近くて遠いAIについての連作集である。
自分をトレースさせたAI。
合わせ鏡にうつるあるものを見てしまった学生。
彼氏の死の間際を再現させようとする女学生。
愛してたことさえ忘れてしまう記録の忘却。などなど。
心や恋愛、青春といったストーリーラインに気持ちいいバランスでAIに対する、テクノロジー技術に対する警告や示唆が組み込まれている。単なる技術寄りのSFだけでは門戸が狭いが、青春恋愛ものでもあるので多くの人に読まれてほしい。(実際AIの技術に対して知識のない私でもすんなり読むことができた)
ごく現実に近いSFであって、少し先の未来では「プラネタリウムの外側」はSF扱いされないかもしれない。それ程までに現実的。
そして怖い。果たしてここで描かれていることが、そしてこの現実はプラネタリウムの内側なのか、外側なのか、つい考えてしまう。