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読書感想など

誰かを演じること『遮光』/中村文則

 

遮光 (新潮文庫)

遮光 (新潮文庫)

 

 

恋人の美紀の事故死を周囲に隠しながら、彼女は今でも生きていると、その幸福を語り続ける男。彼の手元には、黒いビニールに包まれた謎の瓶があった―。それは純愛か、狂気か。喪失感と行き場のない怒りに覆われた青春を、悲しみに抵抗する「虚言癖」の青年のうちに描き、圧倒的な衝撃と賞賛を集めた野間文芸新人賞受賞作。若き芥川賞大江健三郎賞受賞作家の初期決定的代表作。

 

新潮社フェアに惹かれ購入

 本書のネタバレに関することも書いていますのでご注意を。

 

何かを演じている。生活の中でよくあるだろう。それは意識的ではなく、ごく自然と行っている。
仕事で演じ、友人にいる時に演じ、家族といる時に演じる。主人公はその演じる事にどうしようもなく渇望をしている。普通にやり取りに憧れを持ち、ドラマのセリフやよくあるセリフを演じている。演じる事に心地よさを感じ、安心をしてしまう。
それは彼が特殊な人間ではなく、普通に生きている人間でもあり得る事だろう。誰かになりたくて真似をする。誰かの影を追っている。それを表現しているのは郁美というキャラクターである。
 
主人公の本性を見抜いているセンパイはある意味一番主人公に近かったのかもしれない。大学も除籍になり、とてもじゃないが希望に満ち溢れてはおらず、女とやる事しか考えていない。そんなセンパイは主人公に憧れていたのかもしれない、友人の健二も主人公と美希の関係を羨ましく思っていた。
しかしその反面、主人公は彼らの事を羨ましかったのではないだろうか?
 
息を吸うように嘘をつく虚言癖の原因は幼い日の記憶であり、里子に気に入られるために、父と子供が釣りをしているシーンに憧れて身についたものだろう。何をするにも演技めいていて一方的に話し込み、それに陶酔をする。
いわゆる信用できない語り手でもある。しかしそんな彼は美希を愛していた事は嘘ではない。それがたった一つの真実。
 
それゆえに美希の体の一部を持ち帰り、美希を一緒になる事を選んだ。彼は絶望する事を拒み続け、現実を見る事を諦めた。
一部を持ち帰るとはそれに依存すること
手放すのが惜しい
認めたくない
抱えて生きている
 
それを持って想像するだけで美希はいまでも生きていてシアトルで勉学にいそしんでいる姿を思い浮かべるだけで幸福な気持ちになっていく。それはとても悲しく、切ない。彼の悲しみ涙を流したり、呆然とするわけでもなく、彼女が生きていると想像をして笑う事だ。悲しみを演じる事を拒否をして、ひたすら生きているようにを演じることだ。
だが、そんな主人公にどうしてもシンパシーを感じてしまう。もし彼女が死んでしまったらやはり、何か一部を持ちたいと思ってしまうかもしれないし、彼女が生きいることを想像してしまうかもしれない。
 
この小説では徹底して暖かい家庭という描写はなく陰鬱としている。
しかし主人公の幼き日に育ててくれた?男と女(親戚?)は主人公のもっていた父と母の爪と髪を処分した。
「次に持って行くところには持っていてはいけない」という。それで主人公は次の場所でもうまくいくことができた。それは別のルートだったのかもしれない、主人公が美希の指を手放していれば彼は次の場所にいけたかもしれない。それだけが心残りだ。