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読書感想など

失われたものを取り戻す物語『ねじまき鳥クロニクル』/村上春樹

 

ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 (新潮文庫)

ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 (新潮文庫)

 

 

あらすじ

 仕事を辞めた岡田トオルは妻のクミコとともに平穏な日常を過ごしていたが、猫の失踪をきっかけに日常が崩れていく。猫探しをきっかけに様々な人々と出会い、過去の出来事からまた別の人間とも出会う。だが、過ぎていく日々の中で忽然と妻のクミコが消えてしまった。彼は妻の行方を探しながら妻との出会いや結婚までの流れなど過去の出来事を振り返る。
それと並行して多くの人間と邂逅するうちに妻の
失踪の原因は彼女の兄「綿谷ノボル」にあると確信する様になった。

 

文体や構成について

ねじまき鳥クロニクル』は泥棒かささぎ/予言する鳥/鳥刺し男の三部作となっている。前回感想を書いた『青春三部作』では絶望からの再生を描いていた。


それに対して本作では主人公は次々と『失われていく』そしてそれを『取り戻す』物語となっている。

青春三部作の様な散文的な印象は無くなり、現在がその都度シーンが変わっていくが筋道は立っている。途中まではいたって写実的だが、段々とこちらの世界とは一つズレた観念的な世界が浸透してくる。
暴力の描き方が淡々としていて、へたな修飾語や比喩を用いず、ノンフィクションのレポートを読まされている様な生の暴力を見せられゾクッとしてしまった。

 

 

岡田トオルという人物

妻を失った主人公の失意は計り知れないが、あまり感情的に表に出す事がない。
しかし言動から悲しみや怒り、憎しみが入り混じっている事が伝わってくる。「妻を取り戻す」という目的は単純ではあるが、確固たる信念や行動原意に涙が出てしまう。それは岡田トオルという主人公の信念の強さにある。自らを犠牲にして傷つき、彼を本当の意味で癒す存在はいないのに関わらず、歩みを止めようとはしない姿に心が揺さぶられてしまうからだ。

文体はどちらかといえば冷淡なので冷たい印象を受けるかもしれないが、静かに心を燃やしている。

 

正義ではない

岡田トオルはある出来事から、本当の意味で綿谷ノボルからクミコを取り戻そうとする。
綿谷ノボルは確かに邪悪な存在と言える、しかしだからと言って岡田トオルが正義というわけではない。取り戻す方法はとても暴力的である。それを引き合いにする様に戦争についてエピソードが組み込まれているのも、どちらの国も正義とも悪ではなく、暴力を行使したに過ぎないからではないだろうか。

岡田トオルはある男に襲われた時は恐怖と興奮から殴ったり蹴ったり自分の身を守る行動を取ったが、憎しみと怒りが込み上げ必要以上の暴力を振るった。彼はそれを悔いる事はなかった。

本書では邪悪の反対は正義ではなく、まぎれもない暴力として描かれている。

 

全体を俯瞰すると因果関係と対立関係がそこらじゅうに張り巡らされ、過去から現代にかけて複数の人物の運命が絡み合っている。それを一つ一つ解き明かす様に読むのも面白いが、単純に「取り戻す物語」として心打たれる。