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読書感想など

正真正銘のラブストーリー『1Q84』/村上春樹

1Q84 BOOK1〈4月‐6月〉前編 (新潮文庫)

 
まず読み終わってから思ったのはこれは正真正銘のラブストーリーということだ。男と女が長い長い遠回りをして出会うラブストーリーなのだ。
青豆と大吾。性別も性格、考えから、職業も違う両者を主人公としてストーリー展開されていく。同じ事象を別の視点で語られるのではなく、繋がりが分からないまま進んでいく。「果たしてどうなるのか?」と思っていると思わぬところから細い繋がりが見えてくる。
 
1Q84』というタイトルはジョージ・オーウェルの『1984』にかかっているし、ビッグブラザーもキーワードの一つとなっている。その他にもチェーホフオウム真理教(多分)にもかかっている。事前に出てくる小説などを知っていると「ここは、この小説にかかっているな」と連想できるので面白いが、全く知らなくても問題はない。
出てくる要素が多すぎるのでもう一度読み直す必要もあるので割愛するが、一つのキーワードとして「リトルピープル」という存在が登場する。リトルピープルとは何か?それは善や悪といった定義に収まるものではなく、時間や空間といったものに縛られることがない。特定の人物に啓示を伝える存在。浦沢直樹の漫画ビリーバットと思ってもらえればいい。そのリトルポープルの声を聞く宗教団体をきっかけに青豆と大吾を結びつける。
 

1Q84』に迷い込む青豆。再登場する牛河。

過去改変とは違うのだが、今の世界から微妙に違う過去を持つ世界に迷い込む青豆。二つの月が夜空に昇り、警察の拳銃が変わり、大きな力を持つ宗教団体が存在する。その中に牛河というキャラクターが登場する。この牛河と同姓同名のキャラが『ねじまき鳥』にも登場する。同一人物のようにも思えるが職業も違うし、言動も微妙に異なっている。『ねじまき鳥』の可能性世界を思わせる示唆の一つとして牛河を再登場させたのだろうか。
 

心の奥底には代理が効かない

スポーツインストラクターの青豆にゴーストライターの大吾。彼らは終始関わることがなく遠くにいる。しかし同じような境遇で幼き日からお互いにどこか心の奥底で思い合っていた。
読んでいると”代理”という言葉がよく浮かんできた。代理の母、父、代理の身体、代理の友人。空白を埋めるためにその席には代理で誰かが座る。だが代理の者は長持ちすることなく去っていく。青豆と大吾は互いに代理の人間と身体や言葉を重ねていた。しかし心は代理の者では埋まることがない。そして幼き頃から20年近く離れていた心体が「1Q84」の世界で再び触れ合うことができた。
シーン一つ一つを取り上げて俯瞰してみると宗教やリトルピープルと呼ばれるもの、暗殺シーンや追い詰められるシーンではサスペンスに満ちている。しかし終わってみれば二人が結ばれるための恋愛小説に思えてしょうがない。
 
エンディングはいつもの通り全ての謎が解かれるわけではなく、キーワード同士の空白を埋めるのは個人の解釈によって変わって来る。ただ個人的にその謎についてはあまり気にならなかった。運命の相手と手を取り、再開することができた。それによって今までのことや周りのことなど置いてけぼりにしてもいいと思ってしまう。
一から十まで完全に終わらせなくても、ただ二人が一緒にいればいいということは何よりの理由になってしまう。