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読書感想など

誰かのために席を空けている『国境の南、太陽の西』/村上春樹

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”いちばんの問題は僕には何かが欠けているということなんだ。失われてしまっているんだよ。そしてその部分はいつも飢えて、乾いているんだ。その部分を埋める事は今日にはできないし、子供達にもできない。それをできるのはこの世界に君一人しかいないんだ。君といると。僕はその部分が満たされていくのを感じるんだ。そしてそれが満たされて初めて僕は気付いたんだよ。これまでの長い年月、どれほど自分が飢えて乾いていたかということにね。僕にはもう二度と、そんな世界に戻っていくことはできない”
運命の相手。
それは一目見た瞬間に心が魂が引き寄せられる相手で、もしそんな人物が忽然と目の前に現れたら人はどのような行動を取るだろうか?
 
主人公は家族や仕事に恵まれて、幸せな人生を絵にしたみたいだ。しかしそれは仮初めであり、心のどこか深くでは予約席を設けて誰かを待っている。それは誰なのか自分にも分からず日々を過ごしていた。

そんな折、中学生の時に別れた島本さんという女性が訪ねてきた。彼女は仕事をしていないのに高価なものを身につけ謎が多い人物だ。だが主人公ハジメにとっては家族と天秤にかけるほど手に入れたい運命の相手といえる。

読んでいる途中でこれは純粋な恋愛小説であり、多くの人が抱えている”本当の孤独”を描いているのでは、と思った。主人公のハジメは独善的ではあるが特殊な人間でもなんでもなく多くの人が抱えているもので、なにも特別な人間ではない。
そのため『国境の南、太陽の西』はとても私たちに近いリアルな物語。過去を振り返りあの頃の思い出に浸り、延々と心に問いかけて続けている。
 
漠然な印象として以前読んだ作品に似ていると感じていた。後々調べてみると『ねじまき鳥クロニクル』から削除されたエピソードが元になっているという事が分かった。
ただ「似ている」というわけではなく主人公の抱えている孤独を癒すために『国境〜』では手に入れようとして、『ねじまき〜』では取り戻そうとする。方向性が異なっているがこの2作品には通じるものがあり、物事全てを逆にした一種のパラレルワールドの様に感じた。
 
あまり評判を聞かない長編ではあるけど読了後はひどくさみしい気持ちを持つ。

国境の南、太陽の西 (講談社文庫)

国境の南、太陽の西 (講談社文庫)