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読書感想など

静かに心に染み込んでくる物語『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』

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アカ、アオ、クロ、シロ。それぞれの名前に色を持つ四人と本作の主人公「多崎つくる」の5人は高校時代の親友グループだった。しかしある日を境に多崎つくる四人から縁を切られてしまう。そして月日は過ぎ去り、30を半ばに差し掛かった多崎つくるは「沙羅」という女性と出会う。彼女に真相を探るように促され物語は加速する。
 

タイトルに含まれる「巡礼」とは

タイトルにも含まれている「巡礼」は言葉の通り、多崎つくるは人々を巡礼して回る事からきている。かつてのグループの仲間と再会をすることで過去と対峙をする。久しぶりに出会う彼らは大人になり、かつて自分が知っている彼らとは大きく変わってしまった。そして彼らも多崎つくるの事を変わった、と言う。
 
順調に進む者、多きく変わる者、故郷を離れた者、数十年のわだかまりはあるが話し始めるとあの頃のように呼び合うことができる。そのシーンでは自分が高校の頃のあの日あの時の出来事や会話、流行、楽しかったこと、悲しかったことなど思い出が高速で流れていく。”ノスタルジック”なんて言葉を安易に使うほど歳を重ねてはいないがそれ以外に言葉が浮かんでこない。10代、20代ではまだ早い、大人になればなるほど共感できてしまう。
 

99%のリアリティ

本作でも村上春樹特有のマジックリアリズムの要素も入ってくる。表面上を見る限りでは「不思議な1エピソード」となっていて。その他のことは説明することができ、人間以外のものが登場することがない。作風としては過去にも紹介した『ノルウェイの森』『国境の南、太陽の西』と似通っていて<if>の物語を読んでいるようだった。

 

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 既視感を感じてしまうがそこにも新しい要素があって、今まで読んでいた作品では感じる事ができなかった感情が浮かび上がってくる。

 

運命の相手

本作でも主人公が本当に身も心も手に入れるべき女性が現れる。その女性を手に入れるためにはつくるは目には見えない障害を取り除かなければならない。
つくるには帰るべき場所がない、向かうべき場所がないと言っている。孤独を抱えたつくるが帰る場所を求める物語でもあり、運命の相手を求めるべき物語でもある。
 
本作を読んでいて『国境の南、太陽の西』の文章が浮かんできた。この作品を表すのに一番ピッタリな文章だと思う。
”いちばんの問題は僕には何かが欠けているということなんだ。失われてしまっているんだよ。そしてその部分はいつも飢えて、乾いているんだ。その部分を埋める事は今日にはできないし、子供達にもできない。それをできるのはこの世界に君一人しかいないんだ。君といると。僕はその部分が満たされていくのを感じるんだ。そしてそれが満たされて初めて僕は気付いたんだよ。これまでの長い年月、どれほど自分が飢えて乾いていたかということにね。僕にはもう二度と、そんな世界に戻っていくことはできない”
 
過去の出来事による絶望。それを癒すことができずに現代に至る。そして向き合うことで過去を清算して、いよいよ現実が顔を向けてくれる。
 

数年後、もしくは数十年後に読み返そう

上記にも書いた通りに10代、20代が読んでもイマイチピンと来ないだろう。ただ小説は読んだ時の環境や気持ち、年齢、経験によって同じ物語でも受け取り方が変わってくる。
読んだところで「あまり良くなかったな」という感想を持っても数年後(もしくは数十年後かもしれない)に読み返すとまた違った感想を持つだろう。
 
色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』には即効性が低い。しかしその分重ねた年の分、どっぷりはまる事もできる物語である。