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読書感想など

君は過去を遡れたらヒトラーを殺すかい?『デッド・ゾーン』/スティーブン・キング

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事故により5年近く昏睡状態のまま意識を失っていた教師ジョン・スミス。
5年間の眠りがジョニーにもたらしたものは、年をとった両親、母になったかつての恋人セーラ、莫大な入院費用。そして運命とも呪いとも言える能力が彼に備わっていた。
 

▼5年間のブランク

年月が人を変え、世界も変わる。ジョニーは世界と5年近くのブランクがあり、その期間が空白としてすっぽりと抜けている。
父と母は疲れ果てすっかりと老け込み、心身ともに衰弱しきっていた。母に至ってはジョニーの事故によってより宗教に入り込み、怪しげな集会に参加をして金銭を注ぎ込んでいた。(しかしそれはジョニーを愛するが故の行動でもある)
セーラも歳をとったが成熟した女性としてより魅力的になって姿を現した。しかし、かつて愛した女性はどんなに恋い焦がれても自らの手には入らない人生を歩んでいた。彼女は別の男性と家庭を持ち子供を授かっていたのだ。ついこの前まで一緒にいたはずのセーラが結婚をして子供までいる事実に、「しょうがないさ。何時目覚めるかわからない僕を待っていても一生目を開けなかったかもしれないだろ」と割り切ろうとしても彼女を求めている自分がいて、夫に対して言いようのない嫉妬が芽生えてしまう。
 

▼能力を手に入れたことで変わってしまったこと

昏睡から覚めた彼が莫大な入院費以上に悩ましい事は、人の肌や物に触れることで過去や未来を読み取る力を手に入れてしまった事だ。ある女性の子供の手術結果を未来予知をしたり、品物を触れた事で持ち主の死の瞬間を見てしまう。しかしそれは「なんてすごい能力なんだろう!」と、両手を挙げて万歳三唱で喜ぶ事ではなかった。能力がもたらすのは常にマイナスな面だけで彼にプラスを与えてはくれない。
 
触れただけで自分の何もかもを読み取られてしまうという恐怖と興味。その混ぜこぜの感情が彼に人を寄せ付けなくなり、看護師などから触れられなくなっていく。それが一部の局地的な問題であれば良かったものの、噂とともに広まりニュースや新聞で報じられると「ペテン師」「キリストの敵」などと非難され家族や関係者まで巻き込まれてしまう。
5年間眠り続けた彼が目覚めた事は奇跡に違いないはずなのに、現実として世間が注目するのはその奇異な能力であり、(多くの人間はペテンと決めつける)彼が目覚めた事で多くの事で多くの人間の運命の輪が狂い始める。ささやかな目覚めの時間を壊し、能力を駆使しても賞賛されることのないジョニー(彼もそれを望んではいない)は多くの論議の対象とされた人と触れ合う事もできず、職も失ってしまう。
 
Q.それならば能力を使わなければいい。その予知夢を見ても黙っていればいい話だ。
A.君の大切な人間が死ぬ瞬間を見たら、君は黙ってその人を見送るかい。
 
ジョニーは意識してそのビジョンを見てしまうのではなく、自分の意識とは関係がないく不意に見てしまう。それは過去、現在、未来と時系列もバラバラ。未来は常にバラ色で美しいものか、答えはNOだ。起こりうる未来を知りそれを止められるのもジョニーだけ。彼自身その能力を拒否しようと努めるが母の言葉がリフレインのように繰り返される。
 
”神はあなたに仕事を用意なさっているのよ、ジョニー。”
”神から逃げてはダメよ、ジョニー。洞穴から隠れては駄目よ。”

 

彼を善悪で括るのは難しく、人の生き死にを曲げてしまう予知能力は他人の運命の輪を曲げてしまう事と同列である。既に決まった運命を変えることは善か悪か?
取り方によってはキリストめいた奇跡の能力に見えて、神が与えた呪いとも言える。
 

▼キャリーとの比較

デビュー作の『キャリー』をでは母からの抑圧された生活やクラスメイトからのいじめをキッカケに破壊的な能力に目覚め、一夜のうちに街を焼き払い次々と人々を殺していくという物語。
同じ特殊な能力を持っている主人公ではあるがジョニーの能力には攻撃的な面がなく誰かを傷つける、悪を懲らしめるといった手段では使い道がない。彼はただ見るだけ、たったそれだけなのだ。それ故に彼は苦しみ、物語を終始漂う不安感がエンディングに向けて加速して頂点まで上り詰めていく。
 

 

デッド・ゾーン〈上〉 (新潮文庫)

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