【小説】シンドローム/佐藤哲也
ある日、何の前触れもなく空を裂くようにして何かが町外れに落ちた。クラスメイトや近隣住民が隕石かと浮き足立つ中で、主人公の僕は後ろの席にいる久保田さんの事が気になってしょうがない。久保田が「気味が悪いね」と言うからそれに賛同するようにして「気味が悪い」と言う。
気軽に声をかけることが出来る絶妙な距離を保つことに執心して、メールの短い文章にも意味があるのではないかと、嫌われたのではないかと、しつこく送りすぎたのではないかと、思考が螺旋の様にぐるぐると回っている。
不健康にも思える主人公の思考だが、どこにでも居る普通の少年なのだ。
それが起きてしまった
何かが落ちてから数日後に大きな事件が起きた。
詳細は記載しないが「災害」とだけ言っておこう。その災害に主人公や久保田、その他多くに町人が巻き込まれてしまう。
その町に何かが起き大勢の人が亡くなった。
それを予期した人がいた。
となり町の出来事だった。
家族や友人が住んでいた。
テレビニュースで知った。
知らない町のことだった。
普通の人々が普通に暮らし普通に恋をしていた。
無力である主人公
主人公は普通の人間で特殊な能力も力も無い。町で起きている変化よりも後ろの席の久保田の事を考えてしまう。
心の距離が触れそうで触れない、絶妙な距離感を縮めたくない。縮めようとして心地よい距離感が遠くなってしまうのを恐れている。
そのような誰にでも心当たりのある恋心を抱いているただの人間だ。読者と何も変わらない。
そんな彼が災害の被災者となり、何も力にもならず、ただ流れに呑み込まれてしまう。
小説内で起きる災害はあり得ないことかもしれないが、現実世界で起きた多くの災害が頭をよぎった。それらの災害に巻き込まれてしまった人々も主人公と同じ「ただの人」だった。
シンドロームはSF小説という体裁を取った青春小説であり、同時に被災者になってしまったとある市民を描いた災害小説となっている。どこか遠くの世界のことではなくごく近く、私たちの近所で起こりうる話。
西村ツチカさんの挿絵も素晴らしい一冊です。