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読書感想など

傷多き人々に送る「街とその不確かな壁/村上春樹」

 

村上春樹作品の中で一番読み返している「世界の終わりとハードボイルド」という作品がある。
特殊な職業についている主人公がある日トラブルに追われ、自分の組織からも背き、敵組織から追われてしまう。もう一方の世界では、壁に囲まれた街に住むことになり「夢読み」として質素であるが満たされた生活を送る。
2つの世界が交互にパートが切り替わる小説であり、一見して共通点のない世界が徐々に繋がっていく。
上記作品の元ネタとなった短編「街とその不確かな壁」は、デビューして間もない頃の作品であり、本人も駄作として今現在でも短編集に収録されていない。それが70歳を過ぎて、再び駄作と評した作品と向き合った。

 

■すべてがそこにある街、そこを抜けてしまった青年


長編「街とその不確かな壁」あらすじ
主人公はなれた街に住む少女と心からのつながりを感じていた。互いに愛の言葉など言わなくても惹かれ合っているはずなのに、彼の前から何も言わずに消えてしまった。彼は彼女が語った「架空の街」を夢想し、そこに行くことを望み、なんのきっかけも予感もなく、彼はその架空の街を訪れ、影と引き離され、夢読みとして図書館に通う。

だが、彼は失った物すべてがあるその街を去り、現実の世界に戻った。
必ず手に入れるべきだった女性を失い、その後も何も手に入れることが出来ずにいた。

ずっと昔の彼女を思い続け、40を過ぎても身を固める事もせず勤めていた会社も退職し、ある地方都市の個人図書館の館長として働く事になる。


■世界の終わりとハードボイルドワンダーランドとの共通点


・街を覆う壁から逃げられない。
・影を引き離され、やがてその影は死を迎える。
・図書館でパートナーの女の子と夢読みを行う。
異なる部分はあるものの「世とハ」の世界観と共通している部分が大半であり、その街に迷い込んだ主人公の別バージョン。後なのか前なのかは分からないが「夢読み」として2作品は同じ世界に迷い込んだのだと思われる。
(同様に質素な生活を送り、平穏に暮らせる場所として「海辺のカフカ」でも似たシーンがある。)


■過去作品のリフレイン


過去の長編小説のいずれもストーリーは異なるがテーマが似通っており、要素となる物が共通している。例えば、孤独な主人公、何かを失った人、霊性を帯びた子供、達観した女性、料理、酒、図書館、性的な行為。などなど。
いってしまえば並べた要素を入れ替えてバランスを変えた長編が多い。(恋愛多め、青春多め、冒険多めなど)
なので自身の中でチェックリストがあり、「孤独な主人公、チェック。失っている、チェック。亡くなっている、チェック。霊的、チェック。」と要素があるとチェックを入れてしまう。
「街とその不確かな壁」「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」と共通する世界観もあり、似通っている点が多々見られた。「また同じような話を、、」と思う人も居るだろう。だが個人的には村上春樹ユニバースの1つとして、「世とハ」の考察にも通じる事もあり、主人公の最後や、影の行く末などを考えてしまう。


■何かを解決するわけではない


村上春樹作品を読んだ人の中にはハッキリとした解決も答えもないファジー的な終わり方が好みではない人が多いだろう。現実にはあり得ないことが起こるが、そこには答えも解消もしてくれない。明快なオチを求めてしまうと「えっこれで終わり」と旧劇エヴァンゲリオンになりかねない。
正直本作も同様に、要素と要素をつなぎ合わせることで自分なりの解釈が考察や必要になってくる。

 

■では、なにが面白いのか、惹きつけるのか


人は完璧でも完全でもない。完璧な球体に見えても欠けている。その欠けている点を上手く隠すことも出来れば、次々を崩れてしまうこともある。ほころびがどこかにあるはずだ。それは性別も年齢も国も人種も関係ない。
村上春樹作品は単に不思議な現象を鑑賞し、登場人物が体験を通じて、読者が抱えている傷と呼応する。たった一つの文章、単語がすっと心に染みこんでいく瞬間がある。
何度も繰り返してしまうのは、生きていく中で抱えていく傷の種類がかわっていくからだ。昔は感銘を受けた文章にピンとこず、まったく違う言葉が引っかかることがある。
小説の楽しさ面白さの中に、読者がの心の澱に向き合うための言葉がある。

それが村上春樹作品が多くの人に読まれ、支持され、同時に反発されてしまうのだろう。

 

彼の作品は私たちが持つ綻びに寛容で共感や繋がりを提供してくれる。