夏帆を取り囲む世界の変貌
本作の主人公は絵本作家の夏帆である。結婚はしておらず家族を離れて一人暮らしをしている。大きな苦労も悩みもなく暮らしていたが、知人の紹介で佐原とブラインドデートをすることになった。夏帆自体は男性との付き合いは多く、ガツガツと付き合うこと自体は求めていない。有り体に言うと男性には困っていなかった。また、彼女自身の評価からすれば特に美人ではないと言う。
佐原とのデートはつつがなく進んでいると思っていた矢先に
「あなたは私が出会った女性の中で最も醜い」
と言われてしまう。
美貌に自信を持っていなかったとはいえ、このような酷い言われようをされる筋合いもなく、佐原に対してこちらから不手際があったとも思えなかった。
当然のことながら、もう二度と会うことはないと思っていたが男性から再度会いたいと連絡を受けた。もちろん断りを入れたが、前回の初善をしてなぜ連絡をしてきたのかという興味だけで再開してしまう。
「僕が言いたかったのは、僕の発言に対して君の示した反応は、他の女性と違っていたと言うことだ」
つまりは夏帆がおもしれー女だったから連絡をしたと言う、なんとも失礼な男だ。
モーターサイクル(バイク)のツーリングに誘われるが、夏帆が断ると
「僕らはたぶん、どこかでかたちを変えて出会うことになるだろう」
と言った。
この経験から夏帆は顔を失った少女の絵本を描き、ベストセラーとなるが、この後から彼女の囲う世界が変貌し始める。
あらましのストーリー
夏帆はある日の夢の中でアリクイの夫婦から(比喩でもなんでもなく本物のアリクイから)「武蔵境」に引っ越せと啓示を受ける。東京都の吉祥寺と国分寺の間の武蔵境。
あまりにも荒唐無稽ではあるが、彼女はその言葉を信じ実際に武蔵境に移り住むことになる。
しかし、その町にはブラジルでアリクイ夫婦の子どもを食い殺した「ジャガー」が、人間へ取り憑いた姿で待ち受けていた。
以降、夏帆は人間へ取り憑く存在、アリクイ、シロアリ、ジャガー、スカーレット・ヨハンセン、守護天使、との戦いへ巻き込まれていく。
過去作品との比較・繋がり
村上春樹作品では、デビュー作から一貫して「未来への不安」「過去との決別」「喪失」が描かれてきた。
そして『ねじまき鳥クロニクル』は一本の電話、『1Q84』は高速道路といったようにある境界を超えることで奇妙な世界に迷い込み、その中で適用し、掻い潜っていく。
現実から異世界へ踏み込む入口。千と千尋のように門を超えて神々の世界に迷い込んでしまう。
今回で言うと、モーターサイクルの男、佐原との出会いである。
行ってしまえば村上春樹作品はマティスが同じ題材を描いたように、同じモチーフの物語が何度も繰り返されている。同じ問いを、違う角度から何度も描いている。
その問いは、人間誰しもが体験し、抱えている重く暗い部分と言える。
そのため、どっぷりハマる人はそのままハマってしまうが、理解できなければ心に響かなければどれも読むことができないだろう。
今回驚いたのは、母親という存在を正面から描いていることだ。1Q84でも母親を描いていたが姿は登場しない。しかし夏帆では生きて肉体を持っている母親と正面切って対面している。
夏帆から見て母とは表面上の付き合いをしており、どこか母からも大きな愛情というのを感じたことがなかった。それが今になって消化できに残ってしまった澱が、境界を潜ることによって対面することになった。
宮崎駿もそうだが晩年になると作家は母という存在を描きたくなるのだろうか。
『ねじまき鳥クロニクル』以降の作品は長大化し、多くの暗喩や象徴によって構成されるようになった。そのため読者へ委ねられる部分も増え、読み応えと引き換えに難解さも増していった。
初期三部作を思わせる軽やかさを取り戻しながらも、「母」というこれまで以上に個人的なテーマへ踏み込んだ本作は、過去作の焼き直しではなく、長年同じ問いを書き続けてきた村上春樹だからこそ到達できた作品なのだと思う。
amzn.to