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読書感想など

奪うことでは心は満たされない『掏摸』/中村文則

 

掏摸 (河出文庫)

掏摸 (河出文庫)

 

 

あらすじ

大きな悪意があるとする。その悪意が全てを操作して誰かの人生をコントロールする。この時間にあの場所でナイフで刺されて死ぬ。大きな悪意に飲み込まれていくそれは抗うことのできない身動きすらできない大きな悪意だ。木崎。その男は最悪と言っていいほどの悪意。
 
主人公は掏摸の天才。ある親子に手をかけていた所、木崎に脅されある3人の男性からそれぞれ掏摸を行うように命じられた。

 

 

掏摸を行うスピード感と文体のテンポの良さが絶妙

「掏摸」はスタートまでが遅く。前半は過去に行った強盗事件の再現と親子との会話でほとんどを割いてしまう。後半にると怒涛のスピードで物語は加速する。最も面白い掏摸を行うシーンはこのぐらいの短さでちょうど良かった。だらだらと長く書いてしまうと逆にだれてしまう。掏摸を行う鮮やかな手口と文体のスピートとテンポがマッチしている。
 
 

主人公は悪なのか 

犯罪を扱っている小説なれど、なぜか主人公自身は悪人というイメージとは懸け離れている。ナイーブで傷つきやすく土台がぐらついている。掏摸を行う際の手際の良さとは反対に心が揺さぶられて落ち着くためにまた掏摸を行う。
 
万引きを行う子供を助けた主人公。
彼自身は幼いころ親に捨てられた孤児だったため親の愛を知らずに生きてきた。子供にとって万引きは母親に気に入られてもらうための行動。愛情を求めていた。そこに同じく愛を求めている主人公がシンパシーを感じたのだろうか。
 
親子を救うのは「同情」でも「愛情」でもなく、ましてや優しいわけでもない。だたそこにいたから助けたというようなそっけない感じがあるものの何かと気をかけてしまう。そこにはすでに「愛情」という気持ちが芽生えていたのだろうか。
 

 印象に残ったセリフ

石川
「時間には濃淡がある。やばいことをしている瞬間ヤクザの女を抱いている瞬間。意識が活性化され、染み込んでくるし、たまらなくなる。そういう濃厚な時間は、その人間に再現を求めるんだ。もう一つの人格を持ったみたいに。」