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読書感想など

隅々まで行き渡った緻密な構成『わたしを離さないで』/カズオ・イシグロ

 

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

 

 

あらすじ

語り手である介護人のキャシー・Hは同じ施設で育ったトニー、ルースといった友人や保護管と呼ばれている教師たちとの出来事を振り返りながら、誰しも経験するであろう友人との喧嘩や噂話や恋などほろ苦い日々を回想する。その言葉の隅々に読者側の世界とは違う独自の奇妙な世界が広がっていることがわかる。

 

精密な構成

隅々まで構成が練りこまれているのでネタバレにならない程度に感想を書こうと思っても抑制され身動きができないほどに精密である。
介護人、提供者、保護管などのキーワードに何なのだろう? と思っていると語り手のキャシーの語りによって段々と人間関係や施設の構造見えて来る。そしてその奇妙な世界の仕組みが見えきても端正に物語を詰めてくる。個人的にはその淡々とした語りと世界観のギャップに薄ら寒くなってしまった。読者側と同じ世界観で描くことができた人間関係を、独自の世界観に置き換えることで彼らをより選択肢のない人生を歩ませるカズオ・イシグロの残酷さが伺えたが、いずれこの様な世界が来る事を示唆して警告を発している様に思えた。
 
と、言ってもそれも作中では問題視をしていたり恐ろしい描写はされていない。あくまでキャシー自らの過去の経験をめぐる回顧録であり、友人との溝を埋めるための静かで詩的な物語である。
 
世界観の作り込みとその構成の精密さに驚くが、それらはあくまで演出のための舞台設定であり重要なのはトニー、ルースといった大切な友人とのかけがえのない日常を描いている点である。
 
正直な話事件もアクションもないので退屈ではあるが、20代30代よりも年齢を重ねてからふと読み返したくなる魅力がある。