愛というには恐ろしく醜い『氷』/アンナ・カヴァン
あらすじ
刻々と迫り来る氷の壁に覆われつつある世界で男は一人の少女を求めた。白い肌に華奢な身体、ガラス繊維の様なきらめく髪。失踪した少女を追いかけ『長官』の支配する独立国家潜入した。暴力、殺戮、略奪が広がる逃避行の先に彼女を手に入れることができるのか。
少女は絶望的に四方を見まわした。どこも完全に巨大な氷の壁に閉ざされている。眼をくらませる光の爆発に氷は流体となり、壁全体がとどまることのない液体の動きを見せて刻々変容しつつ前進し、海洋ほどにも巨大な雪崩を引き起こしながら進んでいく氷の奔流が、破滅を運命づけられた世界の隅々にまであふれ広がっていく。どこを見ても、少女の眼に映るのは同じ恐るべき氷の環状世界。
氷点下の愛
世界は氷によって支配されていく。しかしそれについて詳しい説明はされない。絶対に抗う事のできない『氷』という現象なのだ。人はそれについて手にとり協力するどころか、銃を撃ち殺しあっている。しかし主人公の男はそんな事はそっちのけで少女を探し始める。
語り手である主人公自身は謎が多い人物だ。お金をやたらと持っていて、ハッタリを利かせ戦術や格闘にも明るい。傭兵をしたり、技術職の様に機械の組み立てもできる超人っぷりだが、主人公の行動はすべて自分本位でしかなく少女に対して「なぜここまでしているのに感謝しないのか」と憤慨してしまう。
少女を求める男の行動には「彼女を支配したい」「所有したい」「殺したい」といったサディスティックな欲望であり、愛というには恐ろしく醜い。だが彼の視点から描かれる氷のビジョン、少女のビジョンは触れる事のできない幻想の様で美しいの一言だ。
『氷』というメタファー
小説内の出来事は決してその物語で閉じているのではなく、地続きで私たちの生活にも繋がっている。現実で何かから逃げ出してもいつかは追いつかれてしまう。それは男と少女が戦争や氷にいつかは追いつかれる事を暗示しているのだろうか。
『氷』から抜け出したい
幻想、妄想と現実の区切りが曖昧でズレた世界観に染まっていくと、その張り巡らされた緊張感に息が詰まっていく。主人公が自分の思うがままに行動したくなるのもうなずけてしまう。
読書中はその緊張感から抜け出したい一心で読み進めていた、しかし進むにつれどんどん氷の壁が周りを囲って中々抜け出す事ができない。
250ページあまりの小説に凝縮されている『氷』はあまりに危険すぎる。
ハードカバーの方を読みましたが、文庫もあります↓