Page×3

読書感想など

次世代のSF作家が残した哀惜の塊『伊藤計劃トリビュート』

 

伊藤計劃トリビュート (ハヤカワ文庫JA)

伊藤計劃トリビュート (ハヤカワ文庫JA)

 

 

この本の話を聞いた時にはあまりいい気持ちにはなりませんでした。というのも亡くなってから数年しか経過していないのにも関わらず、『伊藤計劃』という名前に便乗していると思ったからです。

 しかし本書を読んでいると、伊藤計劃さんと方を並べるはずだったSF小説家達の深い悲哀がにじみ出ています。直接的な言葉や話でその気持ちを落とし込んでいるわけではないのですが、そこには深い悲しみと尊敬を感じることができました。著者の方々は伊藤計劃さんと一緒の時を過ごしたかったのではないでしょうか。そしてその気持ちを形にした『伊藤計劃トリビュート』は哀惜の塊なのです。

 まえがきに書かれている通り、『伊藤計劃トリビュート』と銘打っていますが、すべての作品が伊藤計劃さんの作品を意識しているわけではありません。次世代のSF小説作家の短編集という見方が正しいです。ただ一点だけテーマが設けられています。それは”「テクノロジーが人間をどう変えていくか」という問いを内包したSFであること”です。

それぞれの作家が過去、現在、近い未来、はるか遠くの未来とまったく違う世界を構築しているのですが、幾つかの短編を読んでいると「これらの短編は全て繋がっているのでは?」と感じました。それは短編に出てくる独自のテクノロジーがどこか似ているからです。「この作品のテクノロジーが進んでこちらの作品で発展したのでは」と、短編同士は独立してるにも関わらず連続性があって面白く、各々の物語に細い繋がりのようなものを感じました。

 

公正的戦闘規範/藤井大洋

ドローン、ウェアブル、スマートフォン、多脚型ロボットなどの実現した「テクノロジー」と東トルキスタンイスラム 国、中国などの東アジアの「社会情勢」が解決されなかった現在の延長線上の未来。

スマートフォンは全国民に配られ、安価なドローンがテロリズムの武器となりそれを抑圧する新たな武力の登場はフィクションの話とはいえ、テクノロジーと社会情勢の説明がしっかりとなされているので現実味を帯びている。実際に未来はこうなるのではないか、いやもうすぐそこまで来ているのではないかと錯覚させる力がある。テクノロジーが武力としてまかり通ってしまった非公正な未来。それをタイトルの通り『公正的戦闘規範』の始まりのエピソードとなっている。

 

仮想の在処/伏見完

死んだ人間の脳をトレースして、成長をシミュレーションするサービスの利用者である主人公の姉。モニタ内で成長していく姉の表情や感情は本物と変わりなく父母は姉に愛情を注いでいく。あることをきっかけにサービスの契約維持が難しくなり、コマ落ちの様に一瞬反応が遅れるなど目に見えてリソースの供給スピードが落ちていく姉。姉妹の邂逅により過去が語られお互いの思いが交差していく。

 既に死んでいる人間の脳のシミュレーションはどこまで本物なのか心や感情や魂や意識は脳みそに宿っているものなのだろうか、いや本当はPCが生み出している擬似的なAIなのだろうかと考えると少し恐ろしい。

 

南十字星/柴田勝家

自己相」と呼ばれる管理システムにより人間の平均化が進む中、それを拒否する多くの「難民」との対立が問題視されている世界。学者であり軍人の主人公は感情や行動を管理された身体はどこまで自分なのか? 自殺の意思まで抑圧される世界では自分というものが存在しているのだろうかと、システムの在り方に思い悩む。

 「ニルヤの島」は読んだことあるのですが、少し肌に合いませんでした。しかしこちらの短編は長編の冒頭を抜粋ということですが充分に面白い。抜粋だけでここまで読ませる力量があるので2作目がとても楽しみだ。

  

未明の晩餐/吉上亮

移民を受け入れた未来の東京。死刑囚に最後の食事をつくる仕事をしている主人公が次にリクエストされた食材は「脂」。主人公はどの様な料理を作るのか、そして死刑囚がなぜ脂をリクエストしたのか退廃した未来の悲観的な世界観と対比するような美しく美味しそうな調理シーンに引き込まれました。

 <似食>によって食材を焼く、蒸す、煮るなどの電子的なシミュレーションを行い、実際に食べた時の味を脳内に直接流し込むというテクノロジーは文字だけでも「美味しそうだ」と感じるのと少し似ていると思いました。

 

 

にんげんのくに/仁木稔

同じ村の人間を「にんげん」として、他の民族を「異人」と嘲る村。その村で異人として生きる少年の目から語られる儀式や祭り、戦争、しきたり、性、薬、精霊などを丁寧に構築して新鮮なビジョンを見せてくれる。

モデルにした部族があるという事ですが、丁寧に隙がない文化、伝統の設定にはノンフィクションものを読んでいるのかと錯覚しました。

 

ノット・ワンダフル・ワールド/王城夕紀

何を着て、何を食べて、誰と結婚をするのかシステムに勧められた選択肢によって「自分で選択する」という自由が失われた都市e.シティの会社に勤めるケンは「私は殺される」と書かれたメッセージを受け取った。

 企業への貢献してポイントを獲得をして「社員率」をアップする。社員率XX%以上じゃないと重要なポストの人間に会えないというアイディアがとても面白く、展開の早さと緩急の差が気持ちがいい。

 

フランケンシュタインの三原則、あるいは魂の簒奪/伴名練

収録作品内で一番「トリビュート」している作品。

実在した人物や有名な小説内の登場人物(フランケンシュタインなど)が登場する点や『魂』『人間の意識』など伊藤計畫さんの作品でも扱っている題材やロンドンといった舞台設定が『屍者の帝国』に似ていると思ったのが第一印象。

しかしそれは1つ1つの素材を取り上げただけで、実際のストーリー展開や構成はオリジナルのものとなっている。登場人物に「おいおい本気なのか!」とつい興奮してしまった。

 

怠惰の大罪/長谷敏司

人類最後の麻薬王の物語。メキシコを舞台に茹だるような熱気と砂埃、徹底された暴力と命の軽薄さに心がえぐられる。他の作品に比べると「あれ?SF小説なのかな」と思ってしまったが、AIによる犯罪の予測、警察のパトロールコースまでもAIに頼っている警察。それを手にいれた主人公という図式は現在進行中のテクノロジーを題材にしたSFと言える。

 ニュースサイトから情報を得て、地図に落とし込んでいくビッグデータアルゴリズムといったテクノロジーは今まさに適用されている技術が取り上げられている。『公正的戦闘規範』が現在の延長線の話なら、『怠惰の大罪』は現在のテクノロジーを用いた作品となっている。

一作でも気になるものがあれば手に取ってみてください。