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読書感想など

手軽に簡単に人格を書き換えよう『重力が衰えるとき』/ジョージ・アレック・エフィンジャー

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あらすじ

主人公のマリードはブーダイーンを知り尽くした探偵。ある日ロシア人から人探しを頼まれるが、その場でジェームスボンドのモジュールをつけた人物に殺されてしまう。それを機にマリードの友人や関わった人間が次々に殺されて行く。殺されるパターンは二つ。首を掻き切られるか、銃弾で一発静かに殺されるかのどちらか。

情報を集めようとする矢先、「パパ」と呼ばれる実質的な都市のボスに呼ばれ、半ば強引に犯人捜しを引き受けることになる。しかも今まで脳味噌に手を加えていないマリードに対して手術を行うという。抵抗するが彼に逆らうことも出来ず、また友人が殺された事からモジュールとダディーを着けられる様にしないと犯人に勝つことも出来ない現実を突きつけられ手術を受けることにした。

 

舞台設定

あらすじから小説内の専門用語や、ブーダイーンでどこなんだ?と思われます。まず本作はアラブを舞台にしたSF小説になります。犯罪都市ブーダイーンでは、麻薬は当たり前の様に使われ、美容整形が当たり前になった世界ではカタログからセレクトした身体に作り変えることが可能で、女、性転、半玉の境目がほとんど無く、交わる事にも抵抗がありません。

あらすじでも出てきた「人格モジュール」「ダディー」は以下のようになります。

  • 人格モジュール

人格モジュールを頭の電極に差すことにより、実存する人物や映画の中のキャラクター(ジェームスボンド)などプログラミングされた人格そのものになる。

  • ダディー

こちらは人格ではなく、「知識」を追加させることが出来る。アラビア語のダディーを付ければたちまちアラビア語を理解して喋ることができる。マトリックスでも一瞬で格闘技を覚えることができましたよね。あんなイメージです。

 

マリード以外の登場人物は当たり前の様にモジュールやアドオンを使う中、あることがきっかけでマリードは初めてモジュールを使用します。差し込んだモジュールの通りにプログラミングされた人格や性格、体重や身長の印象までそのものになってしまう。その時の描写は本当に面白い。

 

文化の違いを楽しもう

アラブを舞台にしているがあまり違和感を感じることなくスラスラ読めた。堅苦しい挨拶は必ずあると思えばなんとも思わない。そしてそれがなんか読んでで面白い。

相手に対して不快に思っていが直接言えないので、「おお我が甥よ。それをしたいのは山々だが」と一々格式張っていて、サラリーマン同士が「いやいや、なにをおっしゃいますか佐藤さん」みたいに仕事を押し合っているみたいで笑える。

 

魅力的な主人公

主人公のマリードの斜に構えたユーモラスさと悪態をつく一人称が魅力的で酒好きで麻薬もやる。どこか飄々として女好き。しかし友人を助け、犯人を憎む。他人に左右されず自分の行動に悩むこともなくやってのける。

起きる事件の凄惨さに負けない主人公の合理的な行動理由や彼の言動にはフィリップマーロウ的な魅力がある。

終わりに

 

作品全体に漂うのは暗い雰囲気というよりも、突然に裏道に連れ込まれ刺される様な一変して世界を塗り替えられる日常と非日常の曖昧さ。友人が殺されて行く悲惨さ、そして一歩一歩危険な道を歩いていく危なっかしさに加えて犯人が見え隠れする恐怖。そもそも日常自体が我々の日常がかけ離れている分読んでいるだけで楽しい。

簡単に身体を作り変え、モジュールで人格を変えることが当たり前の世界では個々の個性が薄れて行くのではないか?と思ったが少なくともこの小説ではちゃんと個性がある。しかし視野を広げていけば必ず同じ人格モジュールを使っている人間がいるので同じ人間が何人も居ることになるだろう。それがタイトルに込められている。

 

重力が衰えるとき (ハヤカワ文庫SF)

重力が衰えるとき (ハヤカワ文庫SF)