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読書感想など

歩みは遅いが、確実に進む日常。『かめくん』/北野勇作

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北野勇作さんの『かめくん』を読みました。
きっかけは北野勇作さんがtwitter上で行っている【ほぼ百字小説】を目にしたことです。
140文字内に収められた描写にSF的な想像力を掻き立てられ、余韻を残します。
 
 
『いったい自分は誰なのだろうか』と青臭いことを一度は考えたことがあるだろう。
かめくんはそんなことをいつも考えて考察している。
かめくんとは誰なのか?
かめくんはくらげ荘に住んでいるリンゴ好きのカメ型ヒューマン・レプリカントだ。
 

▼あらすじ

仕事を円満退職させられたかめくんは新しい街でくらげ荘に移り住み、図書館に通いつめたり、猫に刺身をあげたり、リンゴを噛り付き、ザリガニと戦う。そんな一匹のカメ型ヒューマン・レプリカント『かめくん』の日常を描いていく。
 

▼ほのぼのとしたSFかと思いきや

タイトルから緩めの癒し系SF小説家と思いきや、戦争の影がチラホラと見え隠れしている。
一見として普通に見える街だが、正体不明の機械や、宇宙への進出が現在よりもかなり進んでいると思われる描写に視野が一気に広がっていく。始めに想定していた予想から大きく逸脱していく事で「いったいどこまで広がっていくのだろうか」とワクワクしてしまう。
 
街には木星まで行けるテクノロジーがあり、どこかの国と戦争をしている。
普通の街なのにテクノロジーが特出して進んでいるという設定に『電脳コイル』を見ていた時と同じ面白みや楽しみを感じる。日常とテクノロジーのギャップの差にフェチ心をくすぐられるが少し怖くもある。
 
怖さを感じるのは、戦争を行っているにも関わらず地球にはその影が感じられない。どこの誰と戦争をしているのかも分からず、それ自体が本当なのかも分からない。戦争を行っている事で得られる安心・安定にジョージ・オーウェルの『1984』や森博嗣の『スカイ・クロラ』を思い起こしてしまう。
 

▼かめくんは誰なのか

かめくんのスポットを当てると、彼がどこからやってきてどんな亀なのかも分からない。読者も分からなければ、かめくん自身も判っていない。レプリカントのかめという事を自覚しているが、記憶が定かではない。
 
だからかめくんは図書館で本を借りて、映画を見て、人と話し、知識を甲羅に貯めていく。
自分は誰なのか何をしているのか、感情とは、笑うとは、亀とは、自分とは。
決して思考停止する事なく考え続けるかめくんに「君はいったい誰なのか」と問いかける。
 

▼余談

個人的にこれはディストピア小説ではないかと思ってしまう箇所がいくつもある。
とはいえ、現実の世界はどうだろうか。現在も戦争を続けている国があって、それを意識せずに生活をして笑っている。もしかしたらディストピアなのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。
 

 

かめくん (河出文庫)

かめくん (河出文庫)