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読書感想など

ドラック博物館へようこそ『アマニタ・パンセリナ』/中島らも

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本書は決して薬物のススメではなく実際の体験(!)を交えた反薬物のススメ隣っている。
数々の薬物・合法ドラッグを疑似体験しているかのような感覚に陥り、そして著者が現在進行形で中毒になっている(本書が出版された当時)薬物など未体験ゾーンが広がっている。
 
悪い事を覗き込んでいる出歯亀精神をくすぐられてしまうが、読み進めるごとに「いやーこんな辛い事になるなら、やらない!」と薬物をさらに遠ざけてしまう。
 
しかしながらその恐ろしさを側から見る分には真面目に書けば書くほど笑いと興味が起きてしまう。
医学が生んだ薬物から儀式としてその時だけ摂取するサボテンなど幅広く紹介され、効果の違いや日本や世界においての罪と罰、その成り立ちまで記述されており知識の吸収としても面白い。
 
その中でもハッとしてしまったのは「ヒクリさま 続編」にて青いものが発光しているように美しく見え始め、その章の終わりの言葉だ。
 
青色に対する感受性は、その後も開きっぱなしだ。(中略)異常というよりは、それまで鈍く目づまりしていた色彩に対すつ感性が正常に戻ったのでないだろうか。世界というのはほんとうはとてつもなく美しいものなのかもしれない。
 P113

 

薬物による怖さを感じつつ、もしかしたら薬物によって正常に戻ったのでは…とつい思ってしまった。正常とは何を基準にしているのだろう。
 
近年の合法ドラッグの事件やニュースを見るに、本書に書かれている事と何が異なっているのだろうか。出版は1995年、20年以上の隔たりを感じさせない。むしろ今だから読んだほうが良いのではないだろうか。
 

 

アマニタ・パンセリナ (集英社文庫)

アマニタ・パンセリナ (集英社文庫)

 

 

階級付けされた世界で"偶然"起きる逆転劇『偶然世界』/フィリック・K・ディック

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偶然誰かと出会う、偶然探していたものが見つかるなど日常生活において偶然という現象は奇跡よりも多く発生し、奇跡以上に幸福もしくは不幸を呼び起こす。
 
フィリップ・K・ディックの長編第一昨の本作ではその偶然によって生活が一変し、それに翻弄される人々を描いている。
 
最高権力者であるヴェリックは公共的偶然発生装置(通称ボルト)のランダムな動きによって地位を落とし、逆に最下位クラスの無級者カーライトが最高権力者の地位を得ることとなる。そのカーライトの命をヴェリックは狙い、いつしか暗殺者と超能力者のバトルが始まる。
 
日本で言うならば、普通の生活を送る政治と一切関わり合いのない一般人がその日のうちに前触れもなく首相になってしまうのと同じだ。何でもない自分がいきなり今日から最高権力者になったら…と想像すると権力があるのにむしろ何もできない。
 
クラスごとに階級が決まった世界ではランダム装置があり、超能力者が存在し、月にも宇宙にも行くことができる。様々なガジェットや世界の構造、階級付けされた社会などSF的な要素が含まれている。そこに細やかな説明がないために初めて読むときは少々戸惑うが、その空白を埋めるように想像を掻き立てられる。

 

偶然世界 (ハヤカワ文庫 SF テ 1-2)

偶然世界 (ハヤカワ文庫 SF テ 1-2)

 

 

広大な森に潜む闇を深く濃い「ドライ・ボーンズ」

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アメリカ探偵作家クラブ最優秀新人賞受賞作品が先日ハヤカワ文庫から出版されました。
全く初めての方でしたが最優秀新人賞ということで購入してみました。

 

ドライ・ボーンズ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ドライ・ボーンズ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

▼あらすじ

山間の町で発見された身元不明の男。どこの誰で、どうして、誰に、と捜査する中で連鎖するように起きる事件と新たな遺体。周りは森に囲まれ古くから住んでいる住民達はどこかよそ者に心を開きにくく協力的ではない。森の中には法や一般社会から逸脱した人間が住んでおり違法薬物の温床となっている。
 

▼事件の舞台

舞台になった町をGoogle mapで見てみると、広大な敷地に対してぽつんと一本の道路が通っており、周りに有名な観光地もなくピンと来ない。いわゆるアメリカの田舎ではあるのだが、陽気でノンビリとしたオープンされたものではなくとても閉鎖的。
牧場が多数あり、鹿追が行われ、トレーラーハウスが自然と物語に組み込まれている。そしてそれを助長するかのようなこと細かい描写力に長けている。一つのことをさらに踏み込み二つ三つとより深く描写することでより現実度が増して閉鎖的な雰囲気に息がつまる。
 

▼主人公

主人公ファレルは地元に精通しており、知人やかつての友人との接触にはやりにくさと過去の苦さがある。
そんな彼自身は保安官の言いつけを守らずに、「これが俺のやり方だ!」と言わんがばかりに逸脱した行動をとる。(疑わしき人間との格闘、住居進入、報告しないなどなど)
大胆ではあるが、時折見せる繊細でどこか投げやりな行動は、自分が破滅へ向かうような傷をつきながらも捜査を続ける。タフと繊細が入り混じる彼自身の行動にも目を話すことができない危うさがある。
 

複数の謎

トリックを用いたミステリーものとは少し異なる。謎が最後の最後にひっくり返される感覚がとても気持ちがいいものだけど、本作品においては人物像や周辺の環境に重点が置かれているので、『どんなトリックなのか』ということに期待していると肩透かしされてしまうだろう。
 
山間の町の暗い側面が見え隠れして、都会を舞台とした物語には見られない闇がある。それは純粋で深く濃く暗い。明かり一つも持たずに夜の森の中、手探りで真相を探し回るファレル。彼が時折見る過去の記憶が現在と交差するとき一瞬の光が差し込める。
 
大仕掛けのトリックではなく、粛々とした現実寄りの大人のハードボイルドミステリーに仕上がっている。
アメリカドラマや映画が好きな方にお勧めしたい一冊です。